自動車技術会フォーラム2021~19「モータースポーツ技術と文化」取材記事。
今回は日産自動車の講演から、自動車メーカーによるフォーミュラE参戦と電気自動車開発との関係性紹介と、メーカーが考えるモータースポーツの将来的なビジョンについて言及していく。
まずはフォーミュラEについての簡単な紹介をしていく。
2014年9月から開始されたFIA国際自動車連盟主催の電気自動車のフォーミュラカーレースで、世界各地で1シーズンにつき11戦~13戦が開催されている。
電気自動車の普及促進や静かという特性を生かすべく多くは市街地特設コースがレース会場となっていたり、開催スケジュールは9月から翌年の8月までを1シーズンとする年跨ぎ。
※近年は新型コロナの影響で、この開催スタイルも変則的になりつつあるが。
レース形式も独特で、決勝は45分+1Lap(45分経過後のファイナルラップぶん)で戦われ、条件を満たせば一定時間だけ最大出力を向上させられる「ファンブースト」や「アタック・モード」を採用して追い越しバトルを促進。
決勝で使えるエネルギー(充電されたバッテリーから使える電力量)も52kwhと定められており、その枠内でレースを走り切る必要がある。
※「ファンブースト」を使えるドライバーには、追加のエネルギーがもらえる。
※バッテリー容量を52kwhとした記したメディアもあるが、例えばレースをフィニッシュした直後に52kwh全てを使い切ってもそこからピットまで戻るエネルギー量は残っているので、実際は52kwh以上のエネルギーが充電されている事になる。
またシーズン当初、当時の使えるエネルギー量ではレース距離を走り切れなかったため、レース中にマシンを乗り換えるピットストップも行われていた。
※ガソリン車のように数秒間のピットストップで充電しても十分なエネルギーは得られないため。
現在は技術の進歩でそれも無くなり、マシン1台のみでレース距離を走り切る事を義務付けている。
将来的には停車中、走行中でのワイヤレス充電システムの採用も目指しているという。
そのフォーミュラEで使われるマシンだが、シャシーはワンメイクで数シーズン単位で新型へ更新される。
その独特で細長なフォーミュラカーデザインは、空力だけでなく追い越しの増加やクラッシュによるリタイヤを極力抑えるよう配慮したもの。
先の「ファンブースト」や「アタック・モード」効果と合わさる事で、毎周アグレッシブなレース展開を演出している。
タイヤはミシュランのワンメイクで、18インチの全天候型を供給。
その他、フロントサスペンション(バネレートは指定部品から選択可)と前後アップライト、ブレーキ(ローター、キャリパー、パッド)、リチウムイオンバッテリーとそのシステム(冷却や制御ソフトウェア)は指定の共通部品を使う事を定めているが、以下の領域では独自開発が許されており、電気自動車開発を急務とする自動車メーカーの高い関心を引いている。
・モーターとインバーター(制御ソフトウェア含む)
・トランスミッション
・ドライブシャフト
・リアサスペンション(アップライトを除く)
・ブレーキバイワイヤー
・エネルギーマネジメントなどを行う車両制御ユニット(ソフトウェア含む)
以来、多くのメーカーワークスチームがフォーミュラEへの参戦を開始。
その顔ぶれも新興EVメーカーであるNIOからメルセデス・ベンツ、ポルシェ、ジャガー、アウディ、BMW、マヒンドラ、ヴェンチュリ、ペンスキー、ルノー(2017-2018シーズンで撤退、その枠を日産が引き継ぐ)、DSオートモビルズ、シトロエン(ヴァージン・レーシングと提携、2017-2018シーズンで撤退)、ヴァージン・レーシング(アウディ、TEIJIN等と提携)、そして今回紹介する日本の日産/NISMOとそうそうたるもので、フォーミュラEへの期待の高さが窺えた。
さて、現代の電気自動車に求められる主な要素として、限られたエネルギー量での航続距離の向上があげられる。
その実現のため、車体の軽量化や効率的な電力の使い方、回生ブレーキシステムの進化、モーター出力を無駄なく伝える駆動システム、最適なバッテリー冷却などが模索されているが、フォーミュラEではこうした要素が勝敗に強く影響するレギュレーションとなっている。
どういう事か?
レースではシェイクダウン、練習走行、予選、決勝の各セッションで使える最大電力が決まっており、その範疇で速く走ることが求められる。
その数値もシェイクダウンでは110kw、練習・予選では250kw、決勝では200kwとなっているが、恐らくこれらはセッションや走行距離に合わせたもの。
ちなみにシェイクダウンは30分のうち6Lap、練習走行は2回でそれぞれ45分と30分、予選はアタックラップの2周のみ(スーパーポール方式の採用で、予選上位5名は再度、単走での予選アタックを行う)、決勝は先にも書いた通り45分+1Lapとなっている。
※2021年7月現在の情報
決勝とその他のセッションでは使える電力に違いはあるものの、練習・予選と同じ走り方(電力の使い方)を決勝でもされてしまうと、あっというまにエネルギー切れを起こすという。
さらに一時的に出力をあげられる「ファンブースト」や「アタック・モード」の使用も考慮する必要がある。
そこでポイントとなるのが回生ブレーキによる発電量。
ここで得られるエネルギー量を合わせる事で、レース距離を走りきりつついかに速く走るかを考え出さなければならない。
ただ、回生量に頼った出力の上げ方をしてしまうと、今度はバッテリー温度が上昇する問題が出てくる。
そうなるとバッテリー本体の充電量や出力の低下を招き、劣化が促進されてしまう事になる。
そのバッテリーも1シーズンつき1つしか使用が許されていないため、劣化したからとおいそれと交換も出来ない。
ある意味、F1より厳しいエネルギーマネジメントが要求されるフォーミュラE。
ハード単体だけでなく、それらを統合管理していくソフトウェアの開発も極めて重要となってくる。
それだけでなく、ドライバーに回生と電力の使い方を学ばせるべく事前にシミュレータートレーニングを課したり、規則では無線でドライバーへの運転アドバイスは禁止されているものの、例えばコックピット上のあるインジケーターが点灯したら”アクセルオフによる回生”の合図というような対策もされていたりと、勝利へのエネルギーマネジメントの徹底ぶりが窺えた。
限られた充電量と走行中に得られる回生量を加味し、なるべくバッテリーに負担をかけず、時にドライバーに適切なアドバイスを与えつつ可能なかぎり長距離を走りきらせる。
これまでに多くのメディアで電気自動車開発とフォーミュラEのマシン開発は方向性が同一と語られきたが、こうしてまとめていくとその理由も納得だ。
日産自動車でも、2018年の参戦当初からリーフで培った技術を投入。
そうして鍛えられた技術は、先ごろ発売された新型電気自動車アリアにも応用されているという。
その実力は、ぜひ試乗などで体感してみてほしい。
ところで既報で伝えられているように、アウディとBMWは今シーズンいっぱいでのフォーミュラE撤退を決めている。
その理由も2メーカーで若干異なるものの”現在のフォーミュラE環境下での市販車へ転換できる技術開発が完了した”というのが大きなもののようだ。
そのため一部メディアではフォーミュラEの先行きを不安視する報道が見られたが、2023年から採用されるマシン規則(FE-Gen3)では以下のような変更が予定されている。
・シャシーは新型へ更新され空力含め変更不可
・リアは機械式ブレーキを廃止
・バッテリーを新型へ更新。決勝で使えるエネルギー量は現在の52kwhから51kwhへ減少。
・フロントモーターの新設(発電のみ)
・MGU(モーター兼発電機ユニット)とMCU(モーター制御ユニット)を新型へ更新。出力は250kwから350kwへアップされる。
・ピットイン中の急速充電。600kwで30秒間の充電により充填量が10%アップ。
今後はエネルギー量が減るぶん、高出力化に向けて強化される回生量と急速充電を上手く使っていくエネルギーマネジメントとレース戦略が求められる事になりそうだ。
これらの狙いは電気自動車開発とのリンクを強化する事であり、上手く転用できれば出力と航続距離を伸ばしながらもバッテリーを小型化できたり、充電待ち時間を減らせるようになりそうだ。
この規定もあってか2021年3月、日産/NISMOは2026年までの長期参戦を発表。
既にFE-Gen3に向けた開発と、アリアに続く電気自動車開発への応用も研究が進められている。
日産から次の電気自動車が発表された際、フォーミュラEと照らし合わせて見ていくのも面白いかもしれない。
さて、世界的に電気自動車への移行が加速しているが、いずれその波は日本のモータースポーツ界にも影響を及ぼす事になるかもしれない。
もはやどの自動車メーカーも、部品共通化レギュレーションのあるカテゴリーでないと参戦が難しいのが現状。
そんな中、各メーカーのモータースポーツ部署では、特に市販車ベースのカテゴリーにおいて電気自動車によるレースマシン開発の検討を進めているという。
現在、地方レースや全国行脚のワンメイクカテゴリーにて市販車ベースのレースマシンが戦っているが、恐らくそこへ電気自動車のレースマシンが加わる感じになるだろう。
この動きが本格化した場合、レースマシン製作やメンテナンス、チーム運営を生業としている国内企業も大きな変革を迫られる事になりそうだ。
【取材 –文 – 写真】
編者(REVOLT-IS)
【取材協力 – 問い合わせ先】
公益社団法人 自動車技術会
日産自動車株式会社
ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル株式会社