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WTCCシビック開発 – モータースポーツ開発最前線2019

20190316_モータースポーツシンポジウム

前記事で紹介した公益社団法人「自動車技術会」主催の”モータースポーツ技術と文化”をテーマとしたシンポジウム。
こちらでは各コンテンツの内容を紹介していく。

【WTCC シビックの開発】
登壇:(株)本田技術研究所 HRD SAKURA 1BL 古川 隆一氏(元WTCCプロジェクトリーダー)

2017年まで開催されていた量産ツーリングカーレース世界チャンピオンを決めるカテゴリーWTCC
そこにホンダがシビックTypeR(FK2)でワークス参戦し、激戦を繰り広げた事は記憶に新しいところだろう。
古川氏はプロジェクトリーダーとして車両開発からレースチーム運営まで関わっていたのだが、今回はそのプロジェクトの立ち上げから、WTCC最終年に至るまでの車両開発の道程を紹介された。

まず驚いたのが、元々は少人数体制で行っていたレース用高効率エンジンの基礎研究が始まりだったという事。
それが順調に成果を出し始めたころに、上のほうからWTCCをやろうという決定が下り、その研究成果を用いてWTCC用のエンジン開発が始まったという。
この基礎研究の事で技術的に関心のある方は、ぜひ”GRE”というワードで検索してみてほしい。

20190311_モータースポーツシンポジウム_02

過去、ホンダは様々なツーリングカーレースで好成績をあげてきたが、だからと言ってWTCCでも同じようにいくとも限らない。
レースカテゴリー毎に独自のレギュレーションがあり、レースのやり方、それに見合ったマシン作りの理解と経験がどうしても必要となってくる。
そこでホンダは、ヨーロッパのツーリングカーレースで経験豊富なイタリアのJASモータースポーツと業務委託契約を締結。
そこに車体開発を任せ、ホンダ自身はWTCC用エンジンの開発に注力する体制が取られた。

てっきりJASに車体開発を丸投げしているものと思っていたのだが、どうやらそれも違うようだ。
ホンダも車体開発に積極的に参加していたようで、目標値の設定ではJAS側と積極的に意見を交わし、レース用ボディの剛性や重量バランスの基礎計算、サスペンションや冷却系、空力開発に至るまで、メーカーでしか出来ないような技術や手法を使い、JASの車体開発をサポートしていたという。
もちろん、それら全ては市販車開発で使われているものばかりだ。

さて、WTCC最終年。
前年までのシビックTypeRは得意なサーキットと不得意なサーキットがあり、成績が安定しなかった。
そこで前年までの成績の平均値を求め、それを倍以上とした開発目標を掲げ、どこでも速いシビックTypeRを目指す事とした。

まずエンジンだが、このシビックTypeRで使われるエンジンはホンダ初の直噴過給エンジン。
プロジェクト発足当初、レース用としての開発経験が少なかっただけに試行錯誤の連続で、これまでに様々なトライがなされてきた。
なによりエアリストリクター装着が義務付けられていたため、大規模なパワーアップが見込めない。
そのため無駄を極力削ぎ落した最適化と、ある特定回転域での出力アップを目指したチューニングを施してきたという。
WTCC最終年に向けたエンジン開発でも、主に吸気効率向上と流速アップによる空気圧力のコントロール、燃焼速度のアップに主眼を置いた開発が進められた。

次に車体側。
WTCCに参戦するメーカーの多くは、市販車の販売PRやブランドイメージ向上を目的としていたが、それはホンダも例外ではない。
そのため、必ずしもレースに適する車体でマシン開発が出来るわけではなく、例えばエンジンや駆動系の搭載レイアウトに自由度がなかったり、空力性能に劣る車体で勝つマシンを作らざるえない事さえある。

WTCCを戦うホンダ・シビックTypeRはハッチバックボディだが、構造上、リアの空力性能を向上させにくいと言われている。
また、以前からコーナー出口でのパワーアンダーステアに悩まされており、せっかく向上したエンジン出力を生かせない症状が出ていた。

これらを対策するため、ホンダの市販車開発技術や手法を使い、車体の徹底的な分析が行われた。
その分析も静止状態だけでなく、各サーキットの各コーナー、ストレートで車体に掛かる負荷、剛性、冷却性能、空力特性、重量バランスの変化、タイヤの接地力に至るまで、細かいパラメータを投入してシミュレーションを繰り返している。
もちろん予選や決勝、バトル中の車体状況もしかりだ。
驚いたのが、WTCCマシンによくあるコーナーアプローチ時の縁石ジャンプ。
その状態すらも計算にいれ、ジャンプ後の最適な着地バランスすら模索するのだという。

もはやレーシングガレージやショップの手作りマシンで戦える領域ではない。
自動車メーカーの助けなしではとうてい戦えるマシンにならない現状、そしてここまでやったホンダでもWTCCのチャンピオンシップが取れなかった事実が、WTCCのレベルの高さと難しさを物語っている。

だがそこで得られた経験は大きい。
最近の市販車を見てみると、空力や車体開発、エンジンに至るまで、目標は違えど方向性は、WTCCマシン開発と似通っている事がわかる。
より最適化し、無駄なく効率よく走らせられる市販車を送りだす。
ライバルメーカーよりさらに商品力をあげようと、これまでに手を入れてこなかった領域にまで突っ込んだ開発が行われている。
開発の領域、考え方の幅を広げていくのに、WTCCでの経験は非常に重要な要素となっている事だろう。

現在のホンダは、WTCCの後継であるWTCRシリーズを戦っている。
車はもちろんシビックTypeR。
市販車のモデルチェンジに従い、レース車両も新型FK8モデルとなった。
市販前からTypeRモデルを同時開発してきた事もあり、サスペンションやボディ剛性、空力も大幅に進化しているという。
これが出来たのもWTCCでの経験あってこそと言える。

【取材 – 文】
編者(REVOLT-IS

【取材協力 – 写真提供 – お問合せ】
公益社団法人「自動車技術会」