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レーシングカー技術を生かした国産カヤックでオリンピックへ


人とくるまのテクノロジー展2021取材の番外編。
出展予定だったが、リアル展示会の中止に伴い取り止めた企業を特別にピックアップしていく。
今回は、JMIA(日本自動車レース工業会)の会員企業であるムーンクラフト株式会社で製作された競技用の国産カヤックについて紹介する。
※本記事中の情報、画像の商用利用、無断転載を禁じます。

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ルマン24時間レースを戦ったマツダ・サバンナRX-7 254。
ムーンクラフトがボディデザインを担当。
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JACCSアコード。
ムーンクラフトがチーム運営、車両メンテナンスを担当。

ムーンクラフトと言えば、日本のモータースポーツの成長期から活躍してきた”レーシングカーデザイナー”由良拓也氏創業のレーシングカーデザイン、開発設計、製作等を行う老舗企業。
これまでにF3000やGC、マツダのルマン24時間レース参戦マシンから、近年はスーパーGTへ参戦したマシン(紫電、ロータス・エヴォーラ)など、カテゴリー問わず様々なレーシングカー開発に携わってきた。
また、レーシングカーだけでなくコンセプトカーや自動車のチューニング・カスタマイズパーツ開発、インダストリアルデザインなども手掛けてきており、多くの分野で高い実績を残している。

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こちらが開発されたカヤック
(C) ムーンクラフト㈱

そのムーンクラフトが今回手掛けたのが競技用のカヤック。
モータースポーツファンの中には、なぜカヤックなのか?とピンとこない方もいるかもしれない。
それは、2016年に由良拓也氏のSNSアカウント宛てに送られた「カヤックを作ることはできますか?」という一本のメッセージから始まる。

差出人は、カヌー・スラローム競技で活躍する足立和也選手を指導する市場大樹コーチ。
足立和也選手と言えば、今年の東京オリンピック2020代表にも選ばれており活躍が期待されている一人。
それまで足立選手は欧州メーカーが市販するカヤックを使用していたが、”もっと自分の好みを反映したカヤックが作れないか?”と模索していたところ、市場コーチが”カヤックもレーシングカーも同じカーボン製、もしかしたら。。。”とムーンクラフトの存在を思い出し、一度聞いてみようとSNSへメッセージを送る事にしたという。
なぜムーンクラフトなのか?
それは市場コーチ自身がモータースポーツ好きであり、様々なレーシングカーを生み出してきたムーンクラフトを良く知っていた事が切っ掛けだった。

ただそのメッセージを受け取ったムーンクラフトでは当初「競技用カヤックは全く未知の世界でありそんなに簡単にはいかない。開発にはかなりお金もかかるのではないか?」と一旦は断りの返事をしたという。
しかしその2年後。
市場コーチから「予算の目途がついたので、やはり製作をお願いしたいです」とラブコールが届く。
その間も市販カヤックを持ち込むなど熱心なアピールが続き、彼らの本気度や熱い思いを知ったムーンクラフト
熟慮のすえ、2018年末に「それではまずは一つ、何とか作ってみましょう」とカヤック開発を受諾する事となった。

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製造中の様子
(C) ムーンクラフト㈱
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製造中の様子
(C) ムーンクラフト㈱

最初のモデルが出来たのは、開発受諾から約2か月後の事。
良い物が出来たなら2019年2月に参加する競技会で使うつもりだったようで、さっそく足立選手に試してもらったところ返ってきた返事は”申し訳ないけどこれは使えない”。
その時点で大会まで後2~3週間くらいしかない。
でもムーンクラフトでは諦めず、使えないに至った理由、要望をヒアリングの上、なんとそこから2週間足らずで改良版を製作。
大会の3日前に届ける事ができた。
とはいえ初めて製作したものだけに「まだ完成には程遠い試作品だから、無理に使わないで下さいね」と伝えたが、それでも足立選手は届いたばかりのムーンクラフト製カヤックを使い、なんと2位以下を10秒ほど引き離して優勝を決めてしまった。
ムーンクラフト製カヤックでなんとしても勝ってやる!!”
そんな足立選手と市場コーチの思いに触発されたか、以降、理想とするカヤックの完成に向けて様々なメイク&トライが繰り返される事になる。

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製造中の様子
(C) ムーンクラフト㈱

今回のカヤック開発で課題となったのが重さ。
最初は欧州メーカー製を真似て製作したが、それだとかなり重くなってしまったという。
そこで発想を変えてレーシングカーと同じ手法で製作したところ、必要な剛性とバランスを確保しながらも大幅な軽量化を達成。
しかしそれでも、競技用カヤックならではの要求をクリアするため、何度も試行錯誤が続けられた。
その中にはレーシングカーよりもっと薄く、もっと軽く、わずかな形状違いでも操作に対する反応が非常にデリケートなど、カヤック独特の難しさがあったという。
コース内の岩にヒットすると簡単に壊れてしまう事もあったが、それらは所謂”当たらなければ性能に問題ない”箇所であり、その都度修理しながら問題なく使われてきた。

こうした開発が出来たのも、競技用である事と選手の腕を見越しての事。
そして古くから積み上げてきたCFRP(炭素繊維強化プラスチック)に対する知見や製造技術に、レース業界で鍛え抜かれた柔軟な思考、対応力があったからこそ実現できた”国産カヤック”開発と言えるだろう。

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足立選手と共に、オリンピック本番を迎える国産カヤック
(C) ムーンクラフト㈱

こうして計10艇の製作と8回のモデルチェンジの末、最終バージョンが足立選手の元に届けられており、東京オリンピック2020開催まで最終調整が続けられている。
果たして初の国産カヤック、それもレーシングカー製作技術を生かした競技用カヤックによる金メダル獲得なるか?
足立選手と市場コーチの健闘に期待したい。

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レーシングカー製造中の様子
(C) ムーンクラフト㈱
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レーシングカー製造中の様子
(C) ムーンクラフト㈱
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レーシングカー製造中の様子
(C) ムーンクラフト㈱
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ロータス・エヴォーラMC。
スーパーGT参戦に向けてムーンクラフトで開発。

さて、ムーンクラフトが取り組んだ今回の国産カヤック開発だが、ここまでの設計や製法、特性、開発期間の短さ、限界までの性能追求に向けたアプローチやテストなど、レーシングカー開発とほとんど変わらない事が見てとれる。
カヤックとレーシングカーにこれほど親和性があるとは。
オリンピックでの活躍如何では、レース業界で培われた技術、経験を他分野でも生かす試金石となりえるかもしれない。

そんなムーンクラフトだが、今現在では主に以下の業務・活動を行っている。
・「スーパーGT 2021」GT300クラスへロータス・エヴォーラMCで参戦するチームのエンジニアリング・サポート。
・「スーパー耐久シリーズ 2021」ST-TCRクラスへホンダ・シビック・タイプR TCRで参戦(M&Kマネージメント(株)とのジョイント参戦)。
・次期GT車両、Small-Formula車両開発の提案。

ニュースやサーキットでお目にかかる事があれば、ぜひ注目して頂きたい。

【文 – 写真】
編者(REVOLT-IS

【オンライン取材協力 – 写真協力 – お問合せ】
日本自動車レース工業会(JIMA)
ムーンクラフト株式会社

編者

REVOLT-IS立ち上げの発起人。サーキット走行会や草レースなど経験が豊富で、スポーツ系チューニングやセッティングに強い関心がある。 サーキットやストリート、ドリフトなどの走りのイベントへ積極的に顔を出しながら、カメラを構えつつ様々な考察をする毎日。